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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

誤った最適化

 腕立て伏せを100回やるとする。

この時、十分な筋肉がついていないのに、腕立て伏せを100回やることが目的になった場合、楽な腕立て伏せをする人がいる。

 手の部分は殆ど動かず、腰だけが動いている、みっともなくて意味のない運動だけど本人は無自覚で、注意されても変わらない。

 こういうトレーニングをするなら、負荷を減らして、膝をついて腕立て伏せをしたり、回数を減らして、しっかりとしたフォームで行ったほうが良い。

 

 同じことは、数値目標を立てたあらゆる物事について言える。毎日10時間勉強しようとすると、10時間勉強できるような勉強をする。単純な漢字の書き取りとか、教科書を眺めるのに、頭をつかう必要はない。でも勉強の目的が、勉強時間を稼ぐこと以外なら、大して意味はない。

 

 読書もそうだ。1年で100冊本を読むのを目標にすると、読めるような本を読むか、読めるような読み方で読むことになる。既存の知識で理解できる本や、既存の知識の枠組みに当てはめた読み方だ。書評家は時折この罠にはまる。読書はすればするほど阿呆になると言われる理由の1つだ。

 

 目標が設定されると、簡単にずるをする。自然なことだ。

良心は自分の意志を保つための頼れる味方とは言えない。

 

 だから目標がずるされていると感じたら、目標から離れてみたほうがいい。一旦離れて、身体を動かして、もう一度条件設定を考える。具体的でいい。しばらくはずるをするまでの時間が稼げる。成果を評価してもいい。自己テストはかなり難しいし、物事は評価できるものばかりではない。

 いずれにせよ、目標設定と、狡知のいたちごっこはずっと続くんだろう。