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書評 『ザ・セカンド・マシン・エイジ』人類が機械に置き換えられるとき

書評

ザ・セカンド・マシン・エイジ

概要

 

現代を、労働において機械が人間から置き換わりつつある時代と考えたときに、生き残るためにはどうするべきかについて書かれた本だ。

 

生き残るという言葉の響きは大袈裟だろうか?

しかし本書の中では不景気時に、不景気を理由に社員を解雇し、人間を機械に置き換える最高経営責任者の言葉が引き合いに出される。

Googleの自動運転車はもはや実用可能な段階に達している。

もし実用化されれば、タクシーに対して今までと同じ料金を払うのは難しいだろう。確かに産業革命のように、怒涛の失業が産まれた後、失業率は回復するのかもしれない。しかし失業率の回復は、失業した世代が置き換わる事によって起こる。技術革新による失業の補填は、僕らの次の世代を益する事実は、仕事を失った当人にとってはあまり救いにならないだろう。

 

本書で提唱されている生き残り戦略は大きく分けて3つある。

 

1.機械による置き換えを政治的な圧力によって抑えつけ、人間を守る。

これは下策だ。本書でも批判されている。これを行う限りその国はどんどんと衰退していくだろう。ファースト・マシン・エイジである産業革命期に起きた、工場機械の破壊運動であるラッダイト運動は、結局潰されてしまったのだ。

 

2.機械に出来ないことを仕事にする。

AIが将棋で勝つようになり、画像認識の性能が上がった時代でも、人間なら殆ど誰でもできる仕事に限って機械へと置き換えるのは不可能だ。少なくとも今の時点では、その歩みは非常に鈍い。

介護士やウエイター、清掃業を機械がやるのは極めて難しい。人間であればしばらく訓練すればできるようになるが、機械ではそうはいかない。何億円もする高価な機械が、限定された状況で人間の10000倍の時間をかけてこなす、そんなレベルだ。

ここは人間の強みを活かす場所に思えるが、需要と供給の理論に基づいて、賃金は安価なものにならざるおえない。

この仕事の多くは機械によっては代替不能だが、ほかの人によって代替可能だし、熟練による優越性は劇的なものではないからだ。

ゆえに機械に仕事が奪われた人々はこの領域に安い賃金でもよいと言って流入するだろう。

 

3.AIを使いこなし、AIと協力して仕事をする。

これが最も著者が勧めている仕事だ。

現代のチェスでは人間はAIに勝てない。しかしAIと人間が協力することで、そこそこのAIが最強のAIを打ち破ることができる。この組み合わせにはまだまだ創造的な側面がありそうである。

AIが得意だと言われているチェスに於いてもそうであれば、その他の仕事では尚更だと考えられるだろう。クリエイティブな仕事の多くはここに位置する。芸術の領域においても起きつつあるかもしれない。

 

 さて、大雑把な見取り図を描いたところで本書の特色を述べよう。

これは安易な未来予測書ではない。懐疑的実証主義者による本だ。

実際の実験結果を述べ、その先行きを推察するが、著者は徹底してテクノロジーの行く末は予測不可能であると繰り返す。

 

 著者はAIの未来に対する自らの予測が外れてきたことを隠さない。予測をすることをやめることはないけれど、自分の予測が簡単に外れる可能性について常に言及している。

 人間が移動手段としての馬と同じように…機械に置き換えられてしまう可能性についてさえ述べる。

 

 馬は古代から人類にとっては重要な移動手段であり、農村においては優れた労働力であった。1840年から1900年にかけて馬はアメリカ国内で6倍に増えた。1900年、米国内には2100万頭の馬が存在した。しかしながら1960年には、米国内の馬は300万頭へと減少していた。この背景には農村でのトラクター、都市での自動車の普及がある。

それまでのグラフを見れば恐らく馬の需要は単調増加であったはずだ。だとすれば永久に需要が増えていくと帰納的に考えても不思議ではない。しかし実際は異なっていた。

 

これはタレブが示した、七面鳥の問題の実例だ。

”養鶏業者が七面鳥に1000日間餌を与え続けるのをみて、七面鳥は今まで順調に餌をもらえており、今後ももらい続けられるだろう”

現実はもちろんバカげている。感謝祭の前の日に餌はもらえなくなるだろう。

 

ゆえに、今まで人類が機械よりも上手くやっていることは、人間が機械にとって変わられることはない、ということは示さない。

僕たちの仕事はそのうち機械がやるようになり、僕はハロワで仕事をさがす、そんな事態は十分考えられそうだ。

 

そんなふうに、人間が機械によって代替される時代を。シュンギラリティ(技術的特異点)と言う。

この時代にどう対処するべきか、真剣に考えるべきなんだが、僕は今ひとつ答えを見つけられていない。少なくともAIについては学ぶべきなんだろうと思うが。