I'm only sleeping

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クローズド・サークルの意味と世間の消失

 面白いことをやるためにはいきなりオープンでやるよりもクローズドな感じでやっていったほうがよくて、だけどクローズドでやるためにはクローズドでできる程度の人のつながりと何を日常考えているかの名刺みたいなのが必要で、それは適度に放置されているほうがよかったりする。なんとなくツイッターは発想を狭めているような感じがする。

 嘗てのようにはつぶやけなくて、恐らく無意識のうちに検閲をかけている。一定以上にリツイートされたら消えてしまうような仕組みを作れば良いのだと思う。そもそもリツイートという仕組みが自動化されなければここまでややこしいことにはならなかったんじゃないか。もともとRTは特殊なキーワードをいちいち調べて、ある形式に則ってはじめて使うことが出来たわけで、面倒くささがハードルになっていた。

 そういえばネットの商業サービスは人気になればなるほど不快な体験をする側面があるよね。具体的に言えば山ほど広告が集まる。

 2004年ぐらいのはてなのブログってなんか独特な空気があって、あんまりコンテンツじゃない言葉が集まってるんだ。ブログって形式はコピーのコピーを繰り返してSEO最適化されてって読みやすくなってどんどん退屈になってると思う。分かりやすいからこそ人による文章の味とかでなくなるし、行間はどんどん薄っぺらくなっていく。

 ブログとはこういうものだ、みたいなのが出てきたら良くない。

 自己言及と自己批判が無くなって型を極めるものになると、その分野は死ぬ。ミイラみたいになる。保存は可能だけど、そっから何か変な汁とか出てくることはなくなる。