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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

不自然な予知

世の中に不可能はないと人は言う人もいる。しかし僕にはわかるのだ。その結果だけは。その力を自覚し始めたのは高校に入ってからだ。数学はさっぱり理解できなかったが、マークシート式の問題では片っ端から答えを思い浮かべることで、不可能な数字は赤く見えることがわかった。それは異様な現実感を持ち、赤く透ける下敷きで覆ってもはっきりと存在が感じられた。

僕は人の希望ににこやかに頷いてやることができなかった。なぜなら実現不可能な言葉は赤く響くからだ。

そして、希望を折ることなど、誰にも喜ばれない。

僕も薄々不可能だと感じていたんだ、失敗を未然に防いでくれてありがとう、となることは滅多にない。それは何度かの失敗で学んだ。

僕の未来について調べてみれば、概ね赤かった。公務員になることはできそうだった。サラリーマンになることも。だけど僕は社長やスポーツ選手や芸術家になることは不可能だった。そして結婚も不可能と出た。

鬱病患者の明晰さが本能に備わっていて、それを隠せないような人間を誰が愛してくれると言うのだろうか。

金儲けを考えたが僕は金持ちになるのは不可能なようだった。数学や、人の未来と一緒で、理由はわからない。結果だけがわかるのだ。これほどうんざりすることもない。僕はそれが不可能な理由を説得できるほど弁が立つ訳ではないし、そもそも現実の問題の多くは不可能だということを証明することなんて論理的に不可能だ。

結局のところ、堅実に孤独に生きるのが最適解なようだった。それは衰退の兆候を見せるこの国ではかなり恵まれている立場だと言うのはわかった。

だが認識は希望を生み出すことはない。そして覚悟を決めるつもりもない。 自分の中に高貴なものが生まれる気配?

ある危険性を知らせることができても、受け入れられることは絶対にない、とわかっていて愚行を続ける人間がいるのだろうか。

 

 

そんなことを考えていた高校生は今ではヒーローをやっている。理由はよくわからないが、確かに僕はヒーローになる可能性について考えもしなかった。実際、ジンクに助けられてから自分の未来を判定してみた。いつもどおり、紙に書いてみたら、それはありふれた黒色のままだった。

 

今では僕は悪を倒したりしている。それをすることは不可能ではない。消滅させることは不可能なのだが、減らすことは不可能ではない。

 

不可能だということは別にできることを意味するわけではない。

失敗することはよくある。本当によくある。しかし今まで黒かったものが赤くなることはない。

僕は希望がないことを人に伝えることが不可能だと語っていたが、一度だけ例外を見たことがある。

僕の言葉をジンクが復唱した時、言葉はとげとげしい赤を失ったのだ。