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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

筋肉と時の部屋1

 3年間ひきこもりをやっている俺がジムに来たきっかけは自分を変えようと思ったとか筋肉がなくなりすぎてグロテスクな宇宙人に見えたからとか人と話すきっかけをつくろうとしたからというわけじゃなくて、うちの母親に強いられたからだ。ジムに行って帰ってくるだけだと言われた。それだけならまあ、と思って出かけることにした。母はジムの相場がわからないらしく、二万円くれた。自由に使える金が手に入るのは久しぶりだった。クレジットカード番号を盗み見ていた頃は好きにゲームを買ったりソーシャルゲームに課金したりできたのだが、そういう手口を知ってからは金目の物は全て鍵付きの棚に入れられるようになった。そして夜中に物音を立てると母親ががなりたてるものだから、鍵を探そうとしてもできることではなかった。どうせ何かのテレビでも見たのだと思う。引きこもりだからといって部屋から出ないわけではない。夜中に時折散歩をする。すさまじい自己嫌悪に囚われることがなければだが。ジムに向かっている今だって誰もが俺の悪口を言っているように思える。大学時代に体育で使って以来ホコリをかぶっている体操着を詰め込んである。もっとちゃんとしたものを買え、ということだったのだろう。しかしその財布も10年前のものだ。普段はコンビニで菓子や雑誌を買うくらいだから小銭をジャージに入れておけば良いのだが。
 ジムはうちから20分くらいあるいたところにある。結構立派なトレーニングセンターだ。親切な指導を売りにしているところらしい。一応運動靴を履いてきた。必要な物がそこにあるかも知らない。俺はうつ病だという診断が出ている。沢山の薬を飲むように言われたが、そういうものを飲むと碌にゲームも出来なくなるんで自分でやめていた。どうせやる気もでないし、すぐに飽きてやめてしまうのだが。そして寝て、起きて、寝て、そうやって大学をやめて3年が過ぎ、俺は28歳になっていた。
 ジムで受付をすると、身分証明書の提示を求められる。保険証があるからそれが使える。問題は職業欄だが、幸いその他の欄があった。そこに丸をつけると、問題なく受け入れられた。受付の女性は身体がひきしまっていて、胸が大きかった。タンクトップから谷間が見えていて、思わず覗きこんでしまった。バレていないといいのだが。
 やけに空いていた。それもそのはず、昼の二時で、しかも確か、平日のはずだ。はずだというのは引きこもっていると時間間隔が麻痺するからだ。実際今日が何曜日だろうが明日だって似たような日が待っているのだ。帰納的に考えるなら、永遠に。
 しかし人生は帰納法で例えられない。5日は終りが来る。両親が死に蓄えが尽きるか、親の愛想が尽きるかだ、そしてそろそろ際どいところにいるような気がする。だからこそ俺は恥を捨ててジムにやってきたのだ。
誰もいないトレーニングルームであたりを見回すと、一人の屈強そうな男が入ってきた。苦手なタイプだ。肌は浅黒く焼け、筋肉がこれみよがしに盛り上がっていた。目を合わせると、にこりと快活な笑顔を見せ、はじめましてと挨拶をする。おまけに顔もひどく整っている。
苦手なタイプだ。
その時だった。地面が強く揺れた。俺が倒れ込みそうになると、そいつは俺の身体を支えて、肩をしっかり掴んでろといい、軽々と背負って安全な場所へと動いていこうとするが、揺れはますます強くなっていく。地面が落ちていく感覚、男の掴んでろ、という叫びが途切れていく…。

 目を覚ますと、俺はどこともしれぬ砂漠のような場所にいた。非常に静かだった。その男がそばにいたが、それだけに思えた。俺はうんざりした。ここがどこであれ、あの男と一緒というのは…。しかしなんであれ彼は迷わず俺を助けようとしてくれたのだ。少なくとも良い奴だというのは間違いなさそうだった。しかしだからこそ、厄介な出来事が始まりそうに思えるのだ。

その男はすぐに目覚めると、俺に話しかける。はっきりとした声だ。
「僕は、高田昇。ショウとでも呼んでくれ。インストラクターをやっていたんだが…ここは…なあ、見覚えがないか」
「見覚え?ないですよ。異世界みたいだってのはわかりますけど、テレビで見た砂漠とも違うし」
精神と時の部屋だよ」
「は?」
「ドラゴソボールに出てきただろう。二年間までいられる部屋だ。しかし外に出ても二日間しか経っていないっていう」
それなら聞いたことがあった。が、釈然としない点もあった。
「気候、結構過ごしやすくないですか、あそこはたしか…もっとひどかったはず」
「これからそうなるのかもしれん。それに、違う点がもう一つある」
「なんですか?」
「あれだ」
高田が(ショウ、なんて呼ぶものか。絶対に苗字で呼びつづけてやる)指さした先には、ダンベルやバーベル、腹筋を鍛える為の台やらあれこれのトレーニング用具が乱雑に並んでいた。
「何か持ち込めましたっけ、あそこ」
「覚えてないが、俺達は筋トレもちゃんとできるんだ」
筋トレは確かにできるだろうが、問題はここから脱出することだ。
「で、それがなんなんですか」
「ついでに言えば、食料がどこにあるかが問題だが」
そう言って棚をごそごそと探すと、粉が出てきた。高田はぺろりとそれを舐めると、これは…プロテイン!! と言って一人で頷いた。しかもバランスが良いもので、これだけ取ればおそらく問題なく筋肉を育てることができるのだという。勿論飢えることもない、と自信満々に言う。
水源も近くに見つかった。しかし出口はどこにも見つからなかった。
「原作だと、出口っていつでも出れるんじゃなかったっけか」
「2年後にきっと開くはずだ」
この男の根拠の無い自信にはうんざりしてくる。しかし実際、どうにもならなそうなのは事実だった。
「ところで」
俺の陰気な呼びかけにも、男はどうした、と快活に答える。
「あの器具って、俺にも使えるんですか?」
ベンチプレスを指さしてそう言うと、ショウは勿論!と答えた。