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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

十字街5

十字街 短編小説

「あいつがどうしてたかについては何も知らないの。なんかあんまり自分のこと語らないしね。私も誰かのカウンセラーのやる趣味はないし、そのまんまにしてるんだけど」
そういう彼女の口ぶりは、どこか奇妙な風だった。それに普通の人は、カウンセラーやる、なんて言わない。僕は頷いて、だけど別段喋りたいという趣味もなくて、延々と人を眺めていた。それは珍しい体験だった。人間観察とかいうけれども、純粋なそれが出来る機会は滅多に無くて、人は観察されることに気づくものだ。そうじゃなくても視線を感じると、どこか動作がぎこちなくなることがある。だけど僕らの視線は一切そういう影響を与えないのだ。
 トイレを探して慌てて走るサラリーマンや、沢山の荷物にくたびれながら時間をかけて運ぶ旅人、ヘッドホンで周囲を閉ざしてリズムに乗って歩きまわって帰る人。
その中から妙な人間を探すことが目的だった。時雨に言わせればそういうのはすぐにわかるわけじゃない、ということだった。実際僕だって捕まったのはある程度歩いて迷い込んでからだった。突然人々が自分を認識しなくなったとしても、それがわかるわけではないのだ。最もここが田舎町なら違ったのかもしれない。よそ者が来たらすぐに分かるような街で誰もが奇異の目を向けなかったら、それは気づきうるだろう。しかしここはありふれた港町に変わっていて、そんな場所では自分が存在を意識されないことは、別に珍しいことではないのだ。
「そういえば、時雨はどうしてここで見つかったの?安中はそういうことしそうに思えないんだけど」
「たまたま目に入ったって感じだから。私は迷ってたの。家探そうとしてて、でもなんかぜんぜん違う場所になってて、お店でも何も変えないし、叫んでも誰も助けてくれない。売ろうとってことだってしてくれない。まるで幽霊みたいになった感じだった。そんな感じで3日ぐらい迷ってたのかな。風呂も入らないし、学校の制服だしで最悪だったの。それでコンビニに入るか迷ってた時に安中が来て…」
時雨はため息をついて、言葉を続ける。
「あいつがコンビニからあれこれ取り出してきたの。化粧品とか替えのシャツとかペーパータオルとかおにぎりとか。で、感謝したのはいいんだけど、そこにあるものを取ってきただけだって」
「じゃあ、時雨が盗んだことはないの」
「ないよ。一度も。できないの」
出来ない、と言われてしまえばそれまでだった。それは真っ当な行いとも言えた。僕達がどうこう言ってできることではなかった。罰されるわけではないと言っても、罪悪感が生まれないわけではないのだ。そしてきっと彼女のそれはとても強いのだろう。
 日が暮れて、人々の顔がわからなくなってきたから僕たちはそこを後にした。どのみち、時雨はこれを一ヶ月続けてきたのだ。そう考えるとなんだかうんざりした気持ちになった。無人島にいる漂流者ならまだわかりやすい希望があるのだろう。そもそもどんなふうに流されてきたのかがわかるし、船がやってくればそれは希望なのだ。しかし僕らが待つのは漂流者だけで、戻る手段は全くわからないときた。そして人々はそこにいるのに、僕たちは社会に参加する最低限の条件も満たしていないのだ。確かに飢えることはないが、それだけだ。
「戻る方法って、何かあるのかな」
「私にはわからないよ。遠くまで行けばどこかにあるのかもしれない。このへんに何か入口があるのかもしれない。迷ったみたいにまたふっと元の場所に戻れるのかもしれない。だけどそこにたどり着くための理屈も何もないの」
「安中はネットの人とは普通に話せるって言ってたよね」
「そう。だけど…」
「だけど?」
Twitterとかfacebookをやっても、認知してもらえないの。フォローしてもらえない。若い女が顔出してて、そこそこ可愛かったら友達申請おっけーしちゃう奴もいると思うんだけどな」
「自分のことを可愛いと?」
「うるさい」
そう言って彼女は軽く小突く。実際無人島にふたりきり、というのは結構悪くないものがあった。顔立ち自体は結構可愛らしいとも言えた。なんだか妙な距離感と、疲れた顔のせいで可愛くは見えていなかったのだけど…。
それにふたりきりではない。安中がいる。