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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

十字街4

短編小説 十字街

 時雨は団地にはいなくなっていた。部屋の中は相変わらず殺風景だった。彼女の寝室をノックしても声はなく、鍵も閉まっていた。
「また探しに行ったみたいだな」安中はそうつぶやくとパソコンの電源を立ち上げた。
「ちょっと探しに行ってきます。というと、好きにしなと言われ、鍵は開けておく、と言われた。
自転車か何かがあれば良いと思った。車やバイクは燃料を入れるのが大変そうだった。自転車なら適当に盗めるんじゃないかと考えた。
自分でもうんざりするくらいここに適応してしまっているのが不思議だった。考えてみれば時雨みたいに振る舞うのが真っ当なのだ。
なぜだろうか。俺が敵意を彼らに感じたというのがひとつあるのだろう。存在しない人間のように扱われたのだ。
そしておそらくは現実世界で俺の行動を縛っていたのは犯罪行為にペナルティが存在するからで、それによって人に迷惑がかかるというのは大した重みを持っていなかったということなのだろう。だからといって貴重なものを盗もうとは思わなかった。例えば今デパートにいけば貴重な服やら靴やらを盗んでこれるはずだが、そういうものに興味が無いのは、結局それによって得られる利益が他者を介する故なんだろう。
迷いこんでくる人間がいる、というのも不可解だった。ここの光景はまるで旅していた街の日常の側面のように思えたからだ。
 十字街は観光地であって、そういうランドマークがあったはずだった。赤レンガ倉庫やロープウェイが。しかし空を見上げても曇っていて、靄がかかっているせいではっきりと遠くは見通せず、そちらと思しき方向もはっきりと認識できるわけではなかった。
迷い込んだ場所は、海に近い場所だった。だから風の吹く方へと歩いてみる。携帯電話を開いても、GPSはまともに現在地を示さないが、それはこの場のせいというよりは、本体の不具合だった。とにかく、ここは日本の一部で、海へはたどり着ける距離のようだった。それに携帯のコンパスは信じても良さそうだった。団地にどうやって戻るかはあまり考えていなかった。しかしなんとなく戻れるだろうと考えて、そして少なくとも飢えることは無いという確信があるために、ゆっくりと市街地へと足を踏み出す。
 手頃な石があったのでおんぼろそうな放置自転車を破壊する。ブレーキ音がうるさいわりにほとんど効かず非常に不快だった。
人通りが少ないので歩道を走るが、僕がならすベルの音もことごとく無視されるせいで走りづらいことこの上なかった。普段通りに自転車をこいでるならこんな不便はないはずで、つまり自転車の気配に通行人は気づくからだが、ここでは全員がヘッドホンで音楽を垂れ流してる若者みたいに、僕のことなんて一切気にも留めない。
だから車道を走ることにしたが、そこではもっと危ない目にあった。彼らは僕を認識せず、ぎりぎりのところを平気で走っていく。
 ここで死ねば元の場所に戻れるかもしれないという考えが浮かんだが、それをどうやって確かめるのは不可能だった。うっかり死ねばわかるかもしれないが、そんな事態で目覚めなければそれこそ問題だ。だから自転車は諦めて、放置自転車の山に放り込んで歩いて向かうことにした。

 海は確かにあったが、そこはごく普通の海岸で、いくつかボートが繋がれていたが、僕が以前見たような客船や土産物屋は存在していなかった。駅の作りは似通っていたが、何かまるで別物のように思えた。

 駅の近くにある朝市は存在せず、金物屋やらラーメン屋が立ち並んでいた。ありふれた港町の様な光景だ。いくらか寂れていて、しかし全く人がいないわけでもない。時間を潰すのは難しくなかった。そこら中で食べ物があったし、のどが渇けばコンビニから拝借すればよかった。それが平然とできるのはやはり、人々の視線が存在しないからなんだろう。

 駅前で時雨をみかけた。彼女は駅から出てくる人を延々と眺めていた。決して多くはない、別の町から来る人々を探していた。俺や安中のように、彼女に目を向けてくれる人を見つけようとしていた。
「ずっとここで人を探してるのか?」
「そうだよ。昨日君が見つかったんだから、他にだって見つかるかもしれない」
彼女の目は、そう言いながらも幾らかうつろだった。気になる点もある。彼女が人を、人間を探しているのだったら、なぜ僕に大して関心を持たなかったのかということだ。そして彼女は、安中さえも邪険に扱っている。そういう性格なのだと考えることもできるが、普通の人間はそういうふうにはならない。
「どうせ探すなら二人で探した方がいい、と思う」
「それもそうね」
何かを思い出したような顔をして、彼女は言う。
「何か飲む?」
「私はいいから」
「自販機で買ってくるよ。それなら問題ないだろ」
そういうと、彼女は弱く頷く。
缶入りのドクターペッパーとペットボトルのお茶を買ってきて、どっちを飲む、と言うと、迷わずにドクターペッパーを取る。
唖然として見つめると、私はこっちが好きなの、と言ってそのままタブをゆっくりと開け、僅かな隙間から炭酸が少しずつ溢れさせ、おとなしくなったところで一気に飲み干す。
「あーっ、おいしいねえ。久しぶりだよ。でもよく買ってきたね、好きなの?」
「好きじゃなきゃ買ってこないよ。お茶を選ぶもんだと思ってたんだけど」
「んー、なんかストレスたまっちゃってね。受験の時もたまに飲んでたんだ。こっそりだけど」
「受験…か。そういえば君の名前を聞いてなかったね。なんだか忘れちゃいそうになるみたい。人と関わること」
「スグルって名前だ。各駅停車で旅をしてたんだ。この駅でふらついてたら、いつの間にか知らない場所に出てた」
「私はずっとここに住んでるんだけど、知らない場所になってたのは同じ。安中はどうしてたんだっけ」