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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

ファット・トニーとトレードオフ

エッセイ

 阿佐田哲也が『うらおもて人生録』の中で何度か九勝六敗を目指せと書いていて、それはしっくりくるようでいて、麻雀の運のやりとりとかいう話は完全に確率論を無視してるじゃんって考えたりするわけで、科学する麻雀読んでれば麻雀の強さを示すパラメーターはベタオリすべきときにベタオリすることと、どこで攻めてどこで降りるかの押し引きだけだって書いてたわけで、だからその辺を考えていくとやっぱオカルトだよなって思うんだが、成功によって人が脆くなる、という考えを念頭に置くと上手く説明できるように思えた。

 もしも僕らが機械なら、失敗は一定の確率で起きる。そして失敗を埋め合わせる幸運というのは、別にない。”表と裏の出る確率が同様に確からしい”コインで表が十回でたとしても、次に裏が出る確率は50%のままだ。ただ、現実ではそうはならない。モデルに囚われた人間はしばしば”同様に確からしい”場合に適応できるモデルを”同様に確かかどうかはわからない”状況にあてはめることがある。現実世界で百回連続で表が出るコインがあったとしたら、何らかのいかさまを疑うべきだし、それが現実的な判断だということになる。

 阿佐田哲也はまた、15勝0敗の選手は、簡単に0勝15敗になるともいう。だからこそ時折失敗するべきなのだと。

ニコラス・ナシーム・タレブは、成功は人を脆くするという。

実際、ホームスとレイによる社会的ストレス評価法においても、”個人的な輝かしい成功”は、上司とのトラブルよりも重く、230万円以上の借金と同じくらいのストレス要因になる。

 科学する麻雀では麻雀が上達するコツというのは、打ち方を変えないこと、変化させるとしたらその打ち方で300~500の東風戦を行い、それぞれを統計的に比較して、良かった場合だけ変化させることだと書いていた。ただ、打ち方を変えないことは容易ではないし、結構上手な人でも最近あがれないからリーチをあまりかけないようにしている、とか言ってたりする(統計的に考えるとリーチをかけないのがいいのは、跳満以上の手ができあがっているときだけだ)

 引き続く成功というのは現実を見えなくするところがあるのだと思う。受験勉強をしている期間は、熱心にやる人ならやるほど、モデルにとらわれることになる。だから勉強をすべきではない、ということではなくて、そういう事はきっと理解しておいたほうがいいのだ。

 『人でなしの経済学』ではこんな一節が登場する。

『経済学者としてぼくの頭には、費用便益の概念が焼き付けられている。片方を考えたら、もう片方を考えずにはいられない。それがたとえ、喫煙のようにかなりの健康被害と結びついた活動であってもだ』

 

利益があるものには害もきっとあるのだ。