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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

囚われの森 前編

 不幸な状態を幸福の前段階として捉えることで幸福の総量を増やせるだろうか。目標を五年とか十年先に据えて、そこに幸福があると考えることで日々をやり過ごすことはできるだろうか。前者にはノー、後者にはイエス。幸福の可能性こそが行動の最大の要因となる。

 

 囚われの森から帰って来た子供たちに、言葉を教えるのが僕の仕事だ。言葉を教えると言っても、何かテキストを読ませたり、漢字の書き取りをさせたりするわけじゃない。子供たちは、そういう事には慣れている。というかそういう子供たちほど、囚われの森に長くいることになって、だから適応するのには時間がかかるし、探検隊に志願してしまうことも多い。

子供たちはある程度言葉を持っている。それを丁寧に切り出す手伝いをする。言いたいこと、伝えたいことをもっと精緻にする。いろいろな物語をひいたり、新しい言葉を使って、言いたいことが正確に、もしくは印象にのこるように、伝わるようにする。

 

 僕の生徒のうち、一番できが良いのはクロだ。彼は誰よりも雄弁に語り、僕達教師だって魅了する。それでいて謙虚で、言葉の使い道も十分知っている。囚われの森に一年もいたのが信じられないほどだ。彼は囚われの森を観察するのが楽しかったと言っていた。それは僕には信じがたいことだった。あの言語的単調さが生み出す瘴気の中にいるだけで苦しいのだから。耳栓なしでは一日もいられないだろう。だが彼はその単調な言葉を、平気で受け流していたのだ。それでいて誰よりも優雅で詩的な言葉遣いをする。それは本当だったらありえないことだったのだ。

 

 探検隊の仕事は、村から抜けだして、豊穣な土地を探し出すことだ。名誉ある仕事だが、危険も多い。ここのところ村は平穏で、収穫にも恵まれていた。それでも伝統的に、年に三人は探検隊として、新しい文体が根付く大地を探すことを求めていた。とはいえ、最も優秀なものを失うのは惜しいので、たいていは村の鼻つまみ者やならず者が探検隊としてでていくのだった。そして彼らの多くは帰ってくることもなかった。それどころか、囚われの森のようなおぞましい場所を切り開いてしまうこともしばしばだった。

 

 

 クロが何をするにしても、私は応援してやるつもりだった。実際、彼が探検隊に志願すると村長に伝えたのは私だ。しかし村長はそれに反対した。最も美しい言語の担い手であり、囚われの森を自由に旅できる彼は、ここに残って子供たちを誘惑から遠ざけ、また手本を見せる必要があるといったのだ。私はその言葉を聞くと、不思議と納得してしまった。彼もまた、誰よりも繊細な言語の使い手の一人だったのだ。その言葉は耳に心地良く、あり得べきものの形を教えてくれるようだった。しかしそこには、幾らか無理な韻律が存在した。音節のリズムは定型の美を引き出していたが、完璧さを目指していながら、不自然なつぎはぎがはっきりと聞こえた。しかし私は、それを指摘することは出来なかった。私はどうやって美しくするかについて教えるのは得意だったのだが、どうして醜いかを説明することになると、せいざい不自然だとか、韻律がぶれてるとしか言いようがなかったが、彼は私よりも遙かに優れた言語資格を持っており、公正な議論を旨としているにしても、私はただ黙って彼の言ったことを伝えることしかできなかった。