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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

2014/01/21

『映画を書くためにあなたがしなくてはならないことシド・フィールドの脚本術』

を読んで、今ノベルゲーのシナリオを書き上げたところなんだが、当たり前にここに書かれているあらゆるルールを無視していて凄く嫌になった。この方法に従えばもっとうまく書けたんじゃないかって思った。彼に言わせれれば、映画の脚本にはパラダイムがあって、良いものはおのずとそれに従うということらしい。で、俺の書いたのはそれに全く従っていなかったんだが、それはもちろんそうだし、冒頭にフィッツジェラルドがなぜ映画脚本で成功できなかったかを書いてあるように、小説とは違うものなのだ。とはいえ映画のように構成された小説も存在するし、そういうものが結構面白かったりするので(例えば乙一や、グレアム・グリーントム・ロブ・スミス)そういうやり方で書いてもいいな、と思った。しかしハリウッド脚本術もやってみたけど、何だか上手くいかないのよな。そんなことよりも何も考えずに書きだしていくほうが、楽しくはある。それは俺が小説を書く上で一番大切にする点なんだけど、いろんなやり方を試してみてもいいとも思う。何にせよ、自分の興味の対象がライトノベルに少し、映画に少し、大衆小説に結構、それから文学作品にどっぷりって感じなので、どうすべきなのか未だにわからないのだけど、そういえばこの本の中には、その作品が文学的か、大衆向けかを決めるのはあなたではなくて観客なのだって書いていたな。実際レ・ミゼラブルモンテクリスト伯ロング・グッドバイ、それから江波光則の小説がどこに位置するのかははっきりとわからないだろうし、俺の好む作品はその辺の作品が多いし、それならそれでいいんだけど。

 

 

かっちりと決まったやり方には魅力がある。そうすればいいって安心感がある。きっと行くべき場所に行き着くのだろうって考えられるわけだし。ただ、それが面白いかというとまた別の話なんだ。葛藤が大事だというのはそうだろうし、そこにある映画を見てみたくもなる。学べることも多いんだろう。実際、この本がなんとなく翻訳が怪しいっぽい(雰囲気だけで、読んでみたらそんなことはなかった。でも同じ出版社から出てるハリウッド脚本術はひどかった)にもかかわらず買ったのは、著者がチャイナタウンが好きで、それが最高の映画とまで言っていて、俺もその映画が大好きだからだ。このフレームワークに当てはめると、何だか不十分な部分がたくさん見つかる。それはきっと良いことなんだろう。でもなんだかしょんぼりするのも事実で、上手いことなんとかしたいのだけど…。