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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

なにもしない

エッセイ

なにもしないのは多分とてもだいじなのことなんだけど、それをするための方法はいまいち見つからなかった。周りを見ていても意識してそういうことをやっている人はいなかった。ただ、時折凄いできる人がいつもぼーっとしていたというエピソードを聞くことはあった。

どちらかといえばなにもしないのは異端に属する事柄なんだろう。原始時代であればそれは簡単な事柄だっただろう。狩りをおえて、洞窟の火をじっと眺めている姿を想像するのは容易だ。

睡眠を取るのとは似てるけど、眠ろうなんて思ったりはしない。ただドアノブやら川やら何やらをずっと眺めているだけだ。

俺はずっとそれができなかった。すぐに飽きて、携帯やパソコンや本を開いてしまう。なにもしないことに一番近いのは散歩することだけど、そうしている人も街には殆どいない(ウォーキングをしている人はたくさんいるのだけど)

なるべく情報も減らしたいと思う。まとめサイトやらTwitterをやめて、常識だとか知識なんて捨て去って、遠くへ歩いて行きたいと思う。そして他のことは考えない。なんだかんだそういう事は難しくて、どうしてなのかはわからないが、簡単じゃなくて、だから携帯電話とかそういうものを見てしまう。電車で遠くに行けばいいのかもしれない。だけど広告や注意をする人工の声から逃げ出すのは難しい。

 

ひどく疲れたが眠れないときには、なにもしないとゆっくりと疲労が抜けていく。だから疲れているときにそれを意図してみるのはいいんだと思う。

 

既に早く射を離れた彼の心は、ますます枯淡虚静の域にはいって行ったようである。木偶のごとき顔は更に表情を失い、語ることも稀となり、ついには呼吸の有無さえ疑われるに至った。「既に、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる。」というのが、老名人晩年の述懐である。  

中島敦 『名人伝

 時折こんなふうに慣れたらいいと思う。

今はまだ、とても疲れたときにこうなるだけだ。