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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

2013/12/23

学校が終わったら歩いて実家に帰ろうとちょっとした旅を計画していたが、三国志を買ったのが運の尽きで、ずっと天下統一をしてる。もうどうしようもない。ところでわかったことが一つあって、210年の孫堅が、周囲に空白地帯が多いから難易度が低いということになっているんだけど、実際は曹操を使ったほうがずっと楽だった。なんていうか、武将の数が揃ってるのが多分一番大切っぽい。領土が大きくなれば金と兵糧はたくさん手に入るんだけど、肝心の武将はなかなか登用できないし、登用するためにも武将をたくさん手に入れる必要がある。武将を手に入れるための最高のチャンスは戦争で国を滅ぼした時で、周りに空白地帯が多いとそういうのができない。というか、最初のうちはそのへんの性質をよくわからないまま、金と兵糧を集めようとしてた。多分俺の思考の中にはCivilizationがどっぷりはまりこんでて、そういうベースになる資源の重要性を無意識のうちに増していたんだと思う。だけどこれは英雄たちのゲームで、実際、そういうののほうが普通だ。

脱砂糖生活の終わりがあっさりときて、つまり実家に帰るまでぐずぐずしていたせいで飯が吉野家やらコンビニやらになったせいだけど、簡単に体調がちょっぴり悪くなる。これから実家に帰ってたっぷり炭水化物を取ることに鳴るだろうと考えると、少し憂鬱である。しかしここまではっきりくるというのは、なんだかあんまりにも奇妙な気がする。

 

ただ、初期の農耕民族はどうあがいても狩猟採集民には勝てなかったってマクニールは世界史の中で書いていた。それを寄生虫やら虫歯やらのせいにしてたけど(そして農耕民族が逆襲に転じた要因の一つは、人口を増やして細菌やウイルスの生活圏を確保したから!)あんがい炭水化物の摂取ってのもあるのかもしれない。肉と木の実と野菜と果物の生活のほうが、穀物プラスアルファの生活より栄養状態が良いのは当たり前だし、ルーチンワークの労働よりも、激しい運動とゆるい運動のランダムな波のほうが強くなるには大切だったのかもしれない…なんて。

 

セネカの本を読んでいた。古い本にはよく、美徳の話が出てくる。多分五十年くらい前までは大真面目に語られていたんだと思う。それで、わりと生きる意味とかにもなっていたんだと思う。それでつい最近、そういうのはめっきり語られなくなった。倫理って言葉とか、正義って言葉とか、そういうのは専門家が語ることになった…ぽい。

よく思うんだが、ある問題を判断する権威が存在して、私にはわからない、というのを専門家に判断してもらってくれと話すことがあるけど、そもそも何で専門家が判断できる前提なんだって話がある。実際、それはよくわからないものなんじゃないか。よくわからないもののほうがずっと多い。で、専門家ってのはよくわからないってことをあんまし公にできない職業なんじゃないか。ちょうど神父さんが神様なんていないとは言えないように、酒造が酒の害については語らないように、経済学者が経済学の無意味については語らないように…。

 

でもそういうものではないし、多分もう少しこの辺のことはちゃんと考えてもいいと思うんだ。目的という奴はもっと抽象的で良い。