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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

腹いっぱい食べようではないか

家の近くの川沿いではいつも走っている人がいて、歩く人だって運動として歩いている。

散歩をしているような人は誰もいない。

ゆっくり歩くことというのは失われつつあるのかもしれない。よく周りの人間が何をしていいかわからないとか時間を持て余してるのを見て不思議に思ってしまって、ゲームとか小説とかそういうのをやっても語ることができないというのはそれなりに退屈なことなのかもしれない。思考と戯れるのに技量がいるんだろうか。まさかそんな。

そういえばウェルベックの小説に出てくる主人公について分析したい気持ちが生まれてきたりする。一度誰かと話してみたいなと思うのだけど。ずっと望みながら手に入れられなかった愛を喪失したブリュノはしかし、発狂したことは明らかだけどそれからはずっと穏やかな感情をもったようだった。ああ、せめて読みなおしたい。そういうことを考えるのが難しくなってしまうのは悲しい。何度か読みなおそう。何度も見直そう。そういうことを忘れそうになる。積ん読してそれを消費するのもよいのだけど、どこかそこには、消費自体の快楽が混じっている。時間がたくさん欲しいと思う。それはあればあるだけよくて、なんてことを考えるのだけど、実際にそういうことをするのは難しいのだと思う。目的があって、そのためにどうこうということばかり考えるようになってしまう。無目的な時間を作るのはとても大切なことなのかもしれないと思う。無目的であることが何かを作っていることだってあるのだが。不思議に思ったことがあって、四六時中自転車を漕いでいたのに俺の筋肉は全然少ないままで、でも個人的には体力が上がったと感じていたのだけど、それは一体何に起因するのだろうか。そもそも体脂肪率を足から図るやり方自体が変動が多いらしいのだけど、だとして何を試せばいいのか。

砂糖を絶って2日が経つ。炭水化物はとっているし、果物だって食べている。僕が抑えようと思ったのはグルコースだけでコーラとかシロップとかお菓子を禁じただけだ。なんとなくほしいなあという気持ちは抜けない。とにかく一週間やめてみたらどうなるだろうか。状況は変わるんだろうか。僕はなんとなくそれをほしいと思っている。頭のてっぺんが締め付けてくるような感じがする。目の前にある紅茶のパックにたっぷりと砂糖を入れて飲みたいと思う。時折強く何かを渇望するのは良いことになる気がする。食事を何度か抜いておけば、焼きうどんみたいなささやかな料理で簡単に幸福を感じられる。この間は食事を抜いた。宗教的な裏付けのないラマダンをやった。お茶やブラックコーヒーを飲むのはよいけど、食べ物は日が沈むまで食べてはいけない、と。

食事がどうこうという問題はジャンク情報が多いし、あまりあてにならないと思う。うろ覚えの代謝経路を頭に詰め込んでも、役に立たないどころかとんでもない勘違いの元になる。というか、相互に矛盾しあっているような感じがするんだ。そういえば意志力の科学では、血糖値を安定させるにはタンパク質の多く含まれる食事が良いと書いてあったけど、どんなふうに実証されたんだろうか、それからメカニズムはどうなってるんだろう。人種の違いよりも職業の違いのほうがずっと大きいみたいな話を思い出す。

 

とりあえず砂糖を抜くのは一週間続けてみよう。欲望を満たすよりも、禁じる方が快楽を得られるのだと思う。一番わかり易いのはオナ禁なのだけど、食事とか、あまり快適でない格好をして外に出ることでも簡単に感じることができる。

マズローのグラフをみててっぺんに登ろうと考える人は多いと思うのだけど、せっかく現代にいるのだから満たせる願望を満たす喜びをせいぜい楽しんだらどうなんだろうか。腹いっぱい食べようではないか。もちろん、何食か抜いてからってことだけど。