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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

惰性にあらがうための幾つかのこころみ

日記

堪え性が無いというか。思いつきを形にしようとしてるんだが次の日には続きを書く気になれなくなっている。あれやこれやと忙しいせいもあるんだろう。それからなんとなく時間を過ごしてしまっていることだとか。なんとも微妙な話で、時間の過ごし方くらい自分で決めたいとおもったりもするのだけど。そうずっとウェルベックが読みたいなあとおもって書評を漁ったりするのだけど、結局これは本文を読むしか無いんだろうなと思ってしまう。図書館にあるのは確認した。

 

久しぶりに自転車で長く走った。ジャージが全部洗濯機の中に入っていたからジーンズとTシャツで走った。失敗だった。びしょ濡れになった。重たくて走りづらかった。往路はトレーニングを意識してギアを重たくして走ったのだが、スピードはでないし、風や足の抵抗を強く感じるしで散々だった。そして何度か走ったことのある道を延々走り続けていたら知らない場所に出た。そこがどこに繋がっているのか知らない。知りたいとおもった。小さな街があるようだった。もう陽は暮れていた。交差点のあたりが光で眩しかった。途中はずっと寂れているか田畑が広がっているかなので、なんだかうれしい気持ちになったのだ。調べてみたが統廃合された町で、何があるというわけでもないらしい。めぼしいものはたいてい中心地にあるということはわかっているのだけど、なんだかさみしい気持ちになるな。しかしその先が俺は山道だと思っていたのだけど、延々と続く平坦な道だったと知れたのは良かった。勝手なイメージで行ける場所を狭めてしまうのは良くない。たとえその先に大したものがなかったとしても、閉塞感というのは幻想の産物であったりするわけで。

学校に行って帰っての生活…そういえば毎日帰り道を変えようとしていたんだ。すっかり忘れてしまっていた。そうなりがちなんだ。

身体を動かして、勉強をして、時々人と話してバイトをするみたいな生活はある種の理想として存在する。

人生以外の楽しみを持つことがなにか後ろめたいことに思えてしまうのはどうしてなのだろうか。惰性に任せていけば時間はとても早く過ぎていくのだろう。しかし惰性を徹底して避ける生活にはしんどいものがある。

部屋の掃除も放置したままだし、食事も碌につくっていない。どうしてそうなったのかと思えば、先週はずっと小説版の皇国の守護者を読んでいた。何やかにやで世紀の空売りも読んでしまった。

読書の時間を減らせばなんてことを考えることもあるのだけど…。

 

 

部屋にいる限り俺は何かを考えてしまう。それを鎮めるためにニコニコ動画を眺めてしまう。さすがに2chまとめはあまり読まなくなったけど…。ひょっとしなくても遠くに行くことは何も考えないようにするための良い方法なのだろう。そしてそういう時間を求めるなら、目的地に大層な何かを求める必要もない。美味しい食事や素敵な景色があればそれは素晴らしいことだけど、別に何かのためにという必要もない。目的は何も考えないことだからだ。ひょっとしたらトレーニングルームで身体を動かすことで代替できるのかもしれない。温水プールで泳ぎ続けることでもそうなのかもしれない。もしも部屋の中で一人、全く別の世界に行くことが出来ればそれは素敵なことだと思うのだけど、俺はまだそこで長い時間うまく呼吸ができるわけではないんだ。もしもそうできたら良いと思う。それは雨の日には良い楽しみになる。