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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

旅行記

SNSを介して知り合った人のほうが、現実世界の人間よりも多くのことを打ち明けることができることがある。Kと話したのはミニブログで相互に閲覧しあう仲だからだ。お互いになんとなくつぶやきを読んでいた。そして退屈そうな夜に話してみませんかとダイレクトメールを送った。それから電話サービスのIDを交換した。Kは労働環境に興味を持っていて、大学では法律を勉強していた。今は英語を勉強しながら仕事を探しているらしい。俺は働くこととはまるきり無縁で、そういう話を聞くのは楽しかった。Kは俺が聞くような音楽を好んでいた。80年代のひねくれたポップスが好きだった。現実世界ではそういう音楽を聞く人は殆どいないとお互いに愚痴った。

 

インターネットで会った人間のほうが、普段話せないようなことを話せるのは不思議なことではない。お互いに気の合う人間だというのは概ね担保できるし、不思議と好みも似通っている。おまけに自分の打ち明け話が、噂話として広がることもない。それに現実と違って、本当のことばかり話す必要もない。幾らかフェイクを入れることだって許される。そしてそれを指摘するのは野暮なことだ。

 

Kは福岡に住んでいた。俺は彼が大学を出たのかどうかを聞いていない。話の具合からすると、就職活動はしていないようなのだけど、それをいちいち確かめて一体何になるだろうか。問題はそこではなくて、話したり付き合って心地のよい人間かどうかだ。容姿は問題にならない。現実世界と違うところだ。

 

容姿というのはとても大きな影響を持っている。そのコミュニティの中でどんなキャラクターを演じるべきかは容姿にかなり重点がおかれる。男女間の付き合いになればなおさらだ。俺の見た目がどうという話ではない。一般的な話だ。犯罪者の容姿がよければ裁判員は刑罰を軽くし、面接官は高身長の人間にリーダーシップを感じる。これは統計的な手法が発達するまでは知られていなかったことだ。俺たちは容姿で判断する場合も、容姿で判断していると意識しない。

 

Kは一人旅が好きだという。時折自転車で遠くに走るのだという。それはまるで奇妙な偶然のようで、俺も何度か長いツーリングをしたことがある。東京から京都まで走ったことが一度。群馬や山梨に走ったことは何度もある。

うどんを食いに行こうということになった。それはちょっとした冗談のつもりだった。俺もKも夏休みを持て余していた。見知らぬ人間と一緒に長旅をするきにはなれない。だけど一人旅の目的地で一緒にうどんを食べることは、きっと楽しい経験になるだろう。酒を飲んで人が変わることはあるが、昼間にうどんを食って豹変する人間を想像するのは難しい。

 

Kだけではなく、FもYもそうだった。重なる点が異様に多いのだ。それは現実では考えづらいことだ。どうしてそうなるのか、俺にはわからなかった。似たような人間ばかりを探しているつもりもなかった。ただ読んでいて不快ではない人間を選んだだけだが、読んでいて不快ではないということが似た人間を呼び寄せるのかもしれなかった。

 

現実の良いところは似通ったところのない、不快な点の目立つ人間と長い時間を過ごさなくてはならないところなのだと思う。それを利点と言うならばだが。

 

旅について語るべきことはあまりない。12日かけて自転車を漕いだ。その間雨は降らなかった。怪我もなかった。幾つか写真を撮り、簡単な説明をつけてアップロードした。Kは3日遅れて出発した。何日かに一度話をした。短い話だ。疲れを笑い、素晴らしい天気と美味しい食事と順調な道程に感謝した。一人で自転車を漕ぐ楽しみは考えがどこかに消えてしまうところにあるのだと思う。国道沿いを淡々と走り続けると足は自動的に漕いでいるような感覚を持つ。前を見て、規則正しく呼吸することに意識を集中する。交差点で止まり、のどの渇きを覚え、思考の喧騒が元に戻る時にその静けさを思い返すと胸がすっとするのだ。美しい景色が見えることもある。けれどもそれを写真に保存できるわけではない。写真はそこに行ったことを記録するだけだ。俺はそう言うのが別に上手くないし、写真を取ることに気持ちを集中すれば規則正しい進路予測が崩れてしまう。

 

銭湯が見つかった場合は野宿をしたときもある。3日目には京都のビジネスホテルに泊まった。ときどき柔らかいベッドで眠らないと疲れが抜けない。快適な眠り故に疲れが浮き彫りになるということもあるのだが。

自己紹介というのは時間を凍らせてしまう。俺は自分が何をしている学生だと言ったことで退屈な時間を過ごす羽目になったことがなんどもある。そういうとき人は肩書きを見る。決まりきった会話の進行が生まれる。そして俺は流れ作業のように質問をさばいていく。なんども繰り返したんだからジョークの一つや二つは挟める。だけどそれはどんどん錆びていくし、今じゃそれを繰り返しても、それが面白いから笑いを誘うのではなく、笑うことを意図してなされた発言だから笑うのだ。

 

Nは大学を辞めてからずっと歩いていた。行きたい場所に歩いていた。多分誰よりも地図を埋めた。そこで何をしたのかは問題ではなかった。どこに行くかが問題なのだ。絶え間ない移動が。それが何を意味しているのかをNは説明しなかったが、それが生み出す気分はなんとなく理解できる。不可解なものだと捉えられるのもわかる。実際にやってみればその断片は感じられると思うのだけれど。

 

京都や大阪や神戸を通ったがその名所や名物というのはあまり気にしなかった。牛丼が食いたければ牛丼を食うしウマそうなラーメン屋が見つかればラーメンを食う。だが結局国道沿いのチェーン店で済ます事が多い。安上がりだし外れもない。椅子も雰囲気もだいたい検討がつく。

 

宿泊は地方都市を目安にする。田舎だとあてがはずれた場合に野宿しかなくなるからだ。たいていは漫画喫茶を使う。足を伸ばしてゆっくり眠ることができる。騒音に関しても、疲れはてているのだから支障はない。シャワーも浴びることができる。ときおりない場合があるので事前に調べておく必要があるけれど。

 

10日目。岡山に着く。名物を調べる。デミグラスカツ丼というのが出てきた。それなりに旨そうだったが、積極的に食べたいとは思わなかった。他にもっと素敵なものがあるのかもしれないが、検索した限りではそれしかなかった。結局醤油ラーメンを食べた。学生証を見せて、ライスを足した。背脂が荒っぽく浮いていた。ネギは大きめに切られていて、辛い味付けがされていた。

近くの漫画喫茶に泊まる。シャワーが付いていて、広めの間取りだった。どことなく薄汚れていた。ミニブログにアクセスする。しばらくTLをちゃんと眺めていないことに気づく。ざっと眺めて、幾つかをお気に入りに入れる。

瀬戸大橋を自転車で超えることはできないことに気づく。道程を考えるときに気づいてしかるべきだった。実際調べてみたらヤフー知恵袋で丁寧に回答されていた。、尾道まで行ってしまなみ海道を走って今治に出る必要がある。自転車旅ではこういう不条理がときどきある。直線距離ならすぐなのに山がそびえているのでまっすぐ突き進むことが不可能なのだ。原理的には可能だが荷物を乗せた自転車を引っ張っていくのはひどくむなしい気持ちになる。

 

いざとなれば自転車を袋に入れて電車に乗ればいい。そのためのバッグは持っている。しかしなんとなくそれは負けた気がするのだ。すでに筋肉痛は酷い。Kに連絡すればひょっとすれば尾道市で落ち合えるかもしれない。だけど考えても見ればおれは奴の容姿もペースも知らないのだ。もしとんでもなく鍛えられたアスリートだったらどうする、俺はひょろひょろで自転車だってあんまりちゃんとメンテしていない。走るペースは別に速いわけじゃないし、目の前に坂道があれば何としても避けることが出来ないかと考えるタイプだ。いずれにせよ、そんなことを考えるのはよくない。しかし足は辛い。そして俺は友人に電話することにした。そいつは自転車で東京から鹿児島までいったことがあって、やたらと一人であちこち旅をしていて、インド一人旅でも特に自分が見つかったりもせずインターネットをしていたのだが、それだけに信用はできるのだ。

「今瀬戸大橋の前にいるんだ、これから香川に向かう」

「お、自転車旅か、いいな」

「でも瀬戸大橋は自転車が使えないんだ」

「そうだな」

輪行バッグはある、電車は使えるんだが」

しまなみ海道って知ってるか」

「ああ、さっき調べた」

「そこからなら自転車で行ける。調べてみたが結構よさそうだぞ」

「俺の足は限界なんだ」

「なんとかなるだろ」

実にいい加減な対応だが、俺はこれを求めていたのだ。一人旅でこういうことをするのは反則めいているが、電車を使うのはもっとずるい。

なんにせよそこまで徹底するつもりはなくて、ポリシーがあるわけでもない。ただ何となくどこか遠くに行きたくて、体をくたくたに疲れさせたくて、そのためのきっかけが欲しいだけなんだ。

 

今治から丸亀までは一日で着ける。基本的に海沿いを走るから、高低差もそれほど大きくはない。疲れが溜まっていた。少しペースを落とすことにした。二日かけて走る。四国中央市で漫画喫茶を探す。一件だけ見つかったが、そこは四時に閉まる。2004年にオープンしたはずなのにコンテンツは準備中だった。24時間営業時はナイトパックが使えると書いていたが、いつ二十四時間営業なのかは書いていなかった。シャワーがあることは期待できなさそうだった。近所にいくつかスーパー銭湯があった。そこで汗を流してネットカフェで閉店ぎりぎりまで眠って4時に出発しよう。丸亀市がどうかはわからないが高松にいけばなんとかなるはずだ。

 

思った以上に坂道が多かった。足を回し続けようとするとどうしても下を向きがちになる。もっと俺に体力があれば状況は変わってくるのかもしれないが仕方ない。だから俺は景色なんて碌に覚えていない。坂道のてっぺんでペットボトルに入ったぬるい水道水にポカリスエットの粉をとかして飲む。景色は素晴らしく見えるが、そこに何か名所があるわけでもない。写真をとっても見返したりなんてしない。景色が写真みたいに刻まれるわけでもない。その乾きだってすぐに満たされる。

 

六時には四国中央市にたどり着いた。真っ先に漫画喫茶に向かった。携帯の電池がきれかけていた。充電器につなげばよかったのだがその時のおれはそんなことは忘れていた。漫画喫茶はちゃんとやっていた。カウンターで話しを聞くと、あんたが泊まりたいなら二十四時間営業になると言ってくれた。

 

Kと連絡をとる。スカイプをインストールして、チャットで会話する。Kは今日高松に着いたのだという。俺は今四国中央市にいることを伝えて、明日の昼にうどんをたべることになった。小さな店でわかりにくいから携帯を充電して、目的地にしっかりピンをたてておこうとKは言った。電波の不安定な機種を使っていることを揶揄して。

Kはビアンキ色のビアンキクロスバイクに乗っている、ヘルメットは赤と黒のストライプだという。俺はジャイアントの黒いクロスバイクで、ヘルメットは白と黒。見た目についてはお互いに伝えることはなかった。ただなんとなくKは筋肉質で寡黙な男なのだろうとイメージしていた。今までの体験から、そういう予測が外れることはよく知っているのだが。

 

5時に目が覚める。出発する旨を伝えると奥から布団をずり上げる音がしてあくびをかみしめながらいってらっしゃいと送り出される。

 

外は十分に明るかった。人通りはとても少ない。海沿いの道は砂が多いので、国道沿いを走る。

 

LINEで連絡を取る。Kはもうすぐで着きそうだという。俺は一時間以内には着けそうだというと、心配ない、ゆっくり待っているから、と。

フロントギアを一段階重くして、姿勢を前のめりにする。道はもう確認してある。国道沿いに走り続けて、大きな河川敷がみえたら右に回る。手前にマクドナルドがある。チェーン店を目印にするのは勘違いの元だけど、このペースなら30分くらいでつくはずだからそれを目安にする。

 

うどん屋につく。住宅地と畑の間にある小さな店で、脇には空き地がある。

敷地一帯をぐるぐると回るけれど、Kらしき人はみつからない。そういえば一時間もここで待っているのはつらいのかもしれない。おまけにヘルメットを被ったまま。携帯を開いて連絡するが、一向に返信はこない。ひょっとしたらいないのかもしれないと思いつつ、俺はうどんを旨そうにすする客の姿を眺めていた。