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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

手に入れたもの

短編小説

イケメンになりたい、と黒澤は高校で知り合った時からずっと願っていた。

整った眉、ほどよく引き締まった身体、顔つきもどことなく力が抜けているところはあるけど、悪く無いと言える。見た目は問題じゃないと周りの奴らは言っていたけど、主観的に求めるほど彼は自分自身を美しく思えなかったのだ。結局問題はそこである。誰がなに言っても意味なんて無いのだ。見た目なんて気にするな、と俺が何回言ったことか、しかし黒澤はそのたびにまあ確かにそうなんだけどね、という。その話は聞きあきたってことだ。それはなんていうかイライラの種だった。人が俺の考えるような価値観を持たないともどかしい気持ちになる。じゃあ人が俺の考えるような価値観に賛同しだしたらってそりゃ背筋が凍るような気分になる。こいつ頭おかしいんじゃねーのって。俺の話はあくまで仮説。それを真に受けて真理だとか言い出すのは心が疲れてるか判断力が欠如しているからだ。

 

黒澤の見た目を改善しようにも彼は整形は嫌だっていう。それには俺も肯けた。結局彼は自分を誤魔化し続けられるほどタフじゃないし、だいたいあんな荒っぽいやり方で理想の自分になれるはずもない。なにしろ黒澤がなりたいイケメンというのはどうにも曖昧で、残念ながら画力もない。自分のイメージを具体化することはできないのだ。だからあるとしたらうまくいくまでなんども手術をうけることだが、そんな金はないだろうし、人間の顔は粘土と違うから気に入らないからもとに戻す、というふうにできるわけでもない。粘土だって一度崩してしまったら元の形にするのは難しいし、顔の微妙な作りの狂いが気になって仕方なくなることだってありえるんだ。それに夏休みに突然優れた容姿を身につけていたらそれは自ら作り物ですって主張しているようなもので、作り物の容姿はひどく嫌われる。いや実際は作り物であっても構わないんだけど、作り物ですということが明らかになってはいけないのだ。

 

それで少しずつ変えることを目指した。ナノマシンを頭に埋め込むのだ。それは自らの神経組織に埋まっていく。そして少しずつ容姿が改善されていく。それは自己イメージ、主に鏡を見たときの反応に従って適切なフィードバックを返す。そして次の朝には少しだけ変化が訪れるというわけだ。このやりかたが気に入らない人もいる。長い時間を掛ける必要がある。周りの人の反応が変わるまでに大体一年くらいかかるらしい。それは新しいやり方で、幾らかの批判があった。だけど概ね評価は高くて、黒澤の内気さにはぴったりな気がした。

 

高校二年生の夏休みに彼はその手術を受けた。手術そのものはあっという間で、勿論違いもわからなかったらしい。そういうものだろう。実際やることは麻酔をして、ナノマシンを鼻からつっこむだけなのだ。それが蝶形骨洞を通り、下垂体へと移動していく。そこから脳に侵入してホルモンバランスを調節するわけだ。

 

人は年を経て顔立ちが変わる。それを老化現象抜きで恣意的なフィードバックに基づき促進するのがナノマシンの役割だ。

 

その手術が終わってからも黒澤は別に何かが変わるわけじゃなかった。なんとなく鏡を見る回数が増えたような気がする。と言ってもたまにトイレに行くと鏡を見てるような気がするってだけで、別に一緒にトイレに行く趣味はないから、実際のところはおれの気のせいかもしれないんだけど。

 

 

彼は端正な顔立ちを手に入れた。で、モテたのかってのが気になるところだけど、まあ何人かには告白されたらしい。でもそれで誰かと付き合うこともなかった。でも、それは以前からあったことだし、さほど驚くことでもなかった。

 

俺と黒澤は相変わらず漫画とかくだらない噂話に興じていた。俺は本の話をして、黒澤は興味なさ気に聞いた。黒澤は服の話をして、俺は興味なさ気に聞いていた。それがずっと続いていたんだ。

 

あんたは聞きたくなるとおもう。彼はそれで、見た目が変わってなにが変わったのかって、俺は実際に聞いてみたんだ。そしたらあいつ、いや特に何かが変わったわけでもないよってぬかしやがる。

 

だけど彼は見た目を良くしたいと話すことはなくなったんだ。