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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

居酒屋 喪失体験 何もしない

短編小説

憂鬱な思い出とかありふれた喪失体験を昔ながらの名作で飾り立ててお涙頂戴の物語にするのはやめたほうがいいってクラサワが言った。クラサワは大学生で、最初はパチンコと酒と煙草とライトノベルFPSとが好きだったけど五年生になるころにはどれも好きじゃなくなってた。でも煙草は吸うし酒は飲むし時間が空くとパチンコをする。人生経験が大切なのだと語っていたけどそれがなんなのかは最後まで語られなかったから俺はまるでポストモダニストみたいだと言ったらなんだか満足したように笑っていた。ミズノは大学生で、最初は女と酒と煙草とパチンコが好きだったけど大学五年生になるころに好きなのは女だけだったけど相手は死んでいた。特になにか事件があったわけでもなかった。片思いしていた相手がいつの間にか自殺していたのだ。それを知ったのは大学三年の夏休みで、だから就活絡みのことは一切手につかなかった。やろうとも思わなかった。そんなやつだから話す相手はクラサワくらいしか見つからなかった。お互いサークルもやめていた。陰鬱だった。大学近場のファミレスでミラノ風ドリアを食べて酒を飲みながら話すのが日課だった。煙草の灰がしょっちゅうテーブルに落ちるので店員から嫌われているのは知っていた。クラサワはいつも新しい店員の品定めをしていた。だけどお互いそういうところに進んでいくことはなくて、何もしないでいたら案の定単位もとれずに、無駄な時間を過ごしていたけれどもなんとなくだらだらしていられたのはお互いがお互いを見て安心することができたからだ。クラサワが説教をはじめたのは忘年会で、他の人を呼ぼうかと思ったが唯一ときどきひっぱりこめるモリシタは連絡がとれなくて、居酒屋の住所をグーグルマップで教えたが多分来ないだろうと思った。弱気で善良な裏切り者だと知っていた。就職が決まってない俺達とつるむのを嫌がっていると愚痴りあった。酒が入る。そうしてミズノはクラサワの説教を延々と聞くことになった。彼は親の会社に就職が決まった。最後の手段だと言っていたが最初からそのつもりだったのは明らかだった。ミズノは就職はない。父親の職場は厳しいらしい。金の話を具体的に聞いたことはなかった。サラリーマンの父親には就職につながるコネなんてものはなかった。煙草を押し付ける。うんざりとする。クラサワはミズノより一つ年上だ。浪人で何が得られたか、いったい何度聞いただろうが、それが俺を強くしたと語るが結局おれとこいつの差は、どんな親を持ったかってことだとミズノは思った。灰が散らばる。ビールが切れる。注文すると威勢の良い声で生二丁と伝わっていく。つまみを頼もうとすると、これで終わりだ、二次会をやろうぜとクラサワが言う。ミズノはうんざりとしながらも家に帰ってもやることがない。結局おれはさみしがりのくずなのだと思いあの時おれが声をかけていればなにか変わっただろうかと思う。ミズノが出来事を忘れるたびに酩酊したクラサワの説教で思い出す。あの出来事はおれのなかで重要な位置を占めているわけじゃないのだと断言することもできたが、それ以上に大きな事件などなかった。ただだらだらと酒を飲みバイトをしパチンコをして大学に行って眠ってクラサワと話していただけだ。その中で唯一外に流れていくもの、もしこうだったらと思い描けるものはそれだけだった。だからあの時、そうやって人生の分岐点が作られていく。偽造されていく。人生はあれ以前と以後で何も変わっていない。しかしその何も変わらなさを選ばせたきっかけかもしれないのだ。喧騒に飲まれていく、思考がぐらぐらとする。似たようなチェーンの居酒屋に入る。ひどいつまみと格安の酒で有名な店だ。忘年会をそういう所でやる連中ばかり集まっているように思える。全ては曇っている。クラサワはまあいいか飲もうぜと弱い酒を頼む。ミズノは体の芯が冷えていくのを感じる。喋る言葉が届いていないことを理解する。酒を煽ろうと思うが結局俺がクラサワを家まで連れて行ってやらないといけなくなったと思う。ああ全く、仕方ないなこいつはと思うことで安堵する。薄いジントニックを飲みながら二人分のお通しを食べる。クラサワはいびきをたてている。二人で酒を飲んでいる人間なんていないとわかる。大声で誰かがコールするのが聞こえる。店員の威勢の良いオーダー、九〇年代のポップスが流れる。女たちの嬌声が耳に響く。震えがひどくなる。酔うといつもこうだ。助けて欲しいと思う。抱きしめて欲しいと思う。だけど目の前にいるのは腹の出ただらしなくいびきを立てる男だけだ。ミズノはこっそりとあの時死んだ少女を思い出す。特徴のない顔だった。髪の毛が黒くて、長かった。妙な服装をしていた。センスが良いとはとても言えなかった。口を開いても声を聴き取れることは滅多になかった。一度だけ聞いたことがある、思ったよりも低い声だった。何を想像しているのだろう、その少女が抱きしめてくれることを思い描く。顔はなかった。服装は白のワンピースだった。細かい柄は目を凝らしても見えなかった。
「さあ、飲むぞ」いつの間にか目を覚ましたクラサワが言った。ミズノはそうだなと言ってビールを二つ頼んだ。