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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

信者でもなくアンチでもなく

日記

ここ数日ノベルゲームをやっていた。廃人の如きペースであり、3日ほどのめりこんでクリアして、アマゾンで注文した作品が届くまでに部屋を片付け食材を買い込むことを繰り返していた。

ネタバレをするつもりはないし。やった作品について書いておきたいということもない。

 

今までそういうものはあまりやったことがないし、ライトノベルの熱心な読者でもないし、そういう類のものに幾らかの拒否感があったのだけど、それは単純に慣れの問題だったと思う。

 

泣いたし、感動したし、物語を夢にみた。それが場合によっては宗教のようになることもよく理解できた。だけど没入することはいくらか警戒していたと思う。単純に感情が揺さぶられることがなんだかずるいと思ったりしたんだ。別にそれは作品が悪いわけじゃないんだ。ただ、こんなふうに動かされるのは強引だな、と思っただけだ。

強い快楽や、情動の動きって言うのは、それ自体がなんかヤバい感じがするんだ。

 

感動を分析しようとは思わなかった。考察サイト巡りをして、余韻を楽しむことはしたけど、そんなふうに語りたいとは思わなかった。レイプファンタジーみたいな言葉を使って、貶めようとも思わなかった。だけどよくできた作品だねって上から語るのも違う気がするんだ。

 

構造について、ゲーミフィケーションとして、みたいなことも考えたんだけど、そうたいしたことがあるわけじゃない。兎に角何時間もモニターの前に縛り付ける力っていうのは凄いと思ったんだけど。優れた小説でも、なかなかこうはできない。それに物語に入り込むまでの時間が凄く短くて済む。

 

随分と書きあぐねてるな。

 

僕はいろいろな物事の信者になることを恐れていて、だけど揚げ足取りに終始することも嫌で、考えたことや知ったことに確率がくっついているような、そんなふうに考えていたいんだ。だけどそれは難しいし、あんまり自然なことでもない。だから書きづらいのかな。

 

例えばkey作品の欠点について書き連ねることは簡単だろうし、その感動に身をまかせて何かを書く、というのもできるだろう。それから批評用語を使って客観的に語ることだって、訓練をつめばできるのかもしれない。だけどそれも俺はあんまり好きじゃない。

 

じゃあどうすればいいのかって言われても、俺はさっぱりわからん。

いや、そんなことはないんだ。わかってる。この手のものはプレイし終わって楽しんだ人同士で、いろいろ話せばそれが一番楽しいんだ。