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I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

阿吽の呼吸で入れる相槌は17のパターン。

短編小説

眠る前に聴くことにしていた音楽があったのだけど、眠らなくなってからは、それが何であったか忘れてしまった。何の前触れもなかった。仕事は、ささやかな困難を抱えていたとはいえ、大まかなところは順調だったし、お金が溜まったら結婚することを約束する恋人もいた。不満と言うべきものは、幸福の一要因としての、ささやかなものを除けば見当たらなかった。徹夜したときのような酩酊感もなかった。夜の沈黙が生まれ、夢の喧騒から逃れた分、日常は静謐になった。病院に行っても異常は見つからなかった。医師は、こんなことははじめてだが、殆ど問題がないといった。しかし、もし気になることがあるようなら、精神科を受診するようにと薦められた。そこで一通りの診察を受け、睡眠薬を貰ったが、それまでだった。私は眠る気にならなかった。一度試したが、ぼんやりとした気分になるだけで、決して意識が途切れることはなかった。私はそれで満足した。

 夜はずいぶんと長かった。これが続けば私が70歳になるときには、20年分得をすることになるのだ。しかしそれが良いことかはわからなかった。恋人にはこの事実は伏せておいた。彼女が眠るまで私は目をつぶり横たわった。寝息を立てるのを聞いて、何をしようかと思案した。彼女が目覚めるときに私は朝御飯の準備をするようになった。今までは起こされても起きない私の変化を彼女は不気味に思ったようだった。

一人の夜は違ったものになった。私はその孤独を埋めるべきものを求めた。インターネットには膨大な話し相手がいた。新しくツイッターアカウントを作り、TLが真夜中から早朝にかけて賑やかであるようにした。悩んでいる人が多かった。私は考えていることを書くようになった。そして話し相手をみつけ、朝まで話すことが多かった。私は眠らない人間だということは話さなかった。しばしば、そろそろ眠いのでと言って会話を途切れさせた。

 

 しかしそれもやめた。どうやら私の記憶力は、あれ以来強固になったようだった。会話の基本は繰り返しで、幾つかのパターンに分類されることに気づいた。私は粘り強い聞き手になったが、何度か話しただけの人が、繰り返す話を指摘すると、彼らはきまって当惑する。私は全く同じ話を聞くのが苦痛になっていた。はじめのことだ。その傾向は抽象度を増した。あるカテゴリに入る一定のシナリオは全て同じものに思えた。シンクロニシティ

同じモチーフがあちこちの世界の会話で繰り返される。

阿吽の呼吸で入れる相槌は17のパターン。

慰めの言葉、現状維持の追認、感謝は三十一種類。

初めは楽しく思ってまとめて、エクセルに図を作った。なかなかのものだと思う。

 

 最後に私は何かを、新しいものを求めなくはいけないと思った。それは人によれば音楽・絵画・小説の類になるのかもしれなかった。私はいずれも苦手だった。私は手先が不器用だったし、物語を書いても、そこに生起するものはパターンの組み合わせに見えた。出来上がったものは、いわゆる生気のない文章というやつで、型通りの登場人物が図式的に動くものだった。こんなものなら一枚の図で十分な代物だ。此処に至って私は自分の認識が食い違っているのではと思う。ある不気味な単純化が働いているのでは、と。しかしそのような現象をどうやって捉えるのだろうか。

離人症は酷くなった。世界は狭くなった。見えないと思っていたものが実は全て白地だった、そう表現するのが適切だろう。明晰さの果てにある単調さは受け入れがたいものだった。

 

 

 私はブロック玩具を組み合わせることにした。なかなか悪くない楽しみだった。そこから出来上がるものは、別に大したものではない。単純化した建築物、単純化した乗り物、単純化した自然。しかしそれを作ることはそれほど簡単ではなかった。私は幾つかの数学と、建築学を学ぶことにした。そうやって幾つもものを作った。

 幾つかの家具の代わりに部屋にはブロック玩具がある。私が作ったものだ。大作をつくろうと決意した。それは一つの城で、設計図は同名の小説だ。まずはモチーフを描き、細分化して、一つ一つ設計して、組み合わせる。これを繰り返すことであの風景が現実化するのだ。

 それは私の日常のこの上ない喜びだった。夜を中心に一日が回っていた。幾つもモジュールができて、全体像が朧気ながらイメージできるほどになった。満足して目をつぶった。

 

電話の音が鳴り響いていた。着信は20回ほどだった。14時を過ぎていた。慌てて会社に向かおうとして、鏡を見ると顔に深い凹みがあった。

それは一週間ほど消えなかった。