I'm only sleeping

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セルフ・タイムクエイク1

その男は高校時代に超能力や幽体離脱に興味があった。そういうものが実在してると考えたわけじゃない。勿論そんな期待が全くないわけではなかったが、時代はそういうものが存在することを許さなかったし、一部の雑誌を除けばテレビでさえ、そういったものを特集することはなかった。彼が熱中したのは、そもそもどうしてそういったものが存在するかのような印象を与えるのかだ。その点に関して、いわゆる科学と疑似科学について論じる人は不十分であるように思えた。少なくとも、彼はそういう本を読んでしっくりとくることはなかった。

彼のもうひとつの関心は記憶の改変だった。彼は過去のある時期を思い出すとき、いつも俯瞰的に眺めていた。そんな位置に立ったことはなかった。だから仲が良かった少女の顔はどこか曖昧であって、そこに喩えようのないもどかしさを感じた。

幾つかの実験を目にした。一つは幽体離脱に関する実験で、米国で行われたものだ。手術中に患者からよく見える位置に、手術中と書かれたランプを置いておく。それは手術前は赤く光っている。麻酔が入り、意識を失ったときに、ランプは緑色に光るようになる。

この実験の後、幽体離脱と呼ばれる体験をした患者に話を聞く。患者は、ランプが赤く光っている光景が見えたと答えた。

 

もうひとつの実験。

被験者から写真を何枚も貰う。その写真に関する思い出を語ってもらう。そこには何枚か、存在しない写真がある。彼らが行かなかった場所、記憶に存在しない風景の写真をみせる。その時、多くの被験者は存在しない記憶を作り出し、饒舌に語る。

 

彼は結局記憶は信用できないし、自分の感覚も疑わしいと結論した。一つの実験を考えついた。カート・ヴォネガットの小説から思いついたものだった。彼はそれをセルフ・タイムクエイクと呼んだ。

 

タイムクエイクとは、ヴォネガットの同名作品に現れる現象で、時間が十年前に戻り、リプレイが起こる。そこで人は何もできず、ただ過去をつい体験する。そして終了時に、人は自由意志をどこかに置き忘れてしまい、しっちゃかめっちゃかになる。これに対処したSF作家、キルゴア・トラウトの冒険が・・・とこれはまた別の話。

 

彼が20歳になったとき、資産家の父が倒れ、莫大な財産が彼の元に入った。彼はその財産を得ても変わることがなかった。たった一つ、メガネに小さなカメラを備え付け、それを毎日記録して10年間、ひと続きの動画ファイルにすることをのぞけば。

 

そうして10年がたって、彼は計画をはじめた。仕事を辞め、生活に必要なものは家政婦にすべて任せ、彼は過去を追体験することにした。

彼はゴーグル式のプレイヤーを装着し、一日中眺めた。10年間を見直すことにした。動画で眠ったと思われる時にはゴーグルをはずし、眠りについた。彼は10年前と同じ時間に起き、同じ時間に眠るように心がけた。過去は存外に新鮮だった。過去は誇張されていた。記憶はスクリーンと食い違っており、それがそれだと気づくのには時間がかかった。毎日が新しい体験だった。退屈はあったが、それは当時感じているものと同じ退屈だと思えた。

 

そして彼は大学の同窓会に出る。同級生と上手く会話するのは困難だった。何しろ彼は過去の10年間を誰よりもくっきりと覚えているのだ。それは思い出話で作られるものとは違った。言葉が記憶をつっついて、それらしきものを作り出すあの作業をしている皆は幸福そうな顔をしていた。彼はそのようなものが存在しないことを誰よりも確かに知っていた。

 

彼はその十年に関して、誰よりも詳しかった。その時代は当然、マスメディアが報道するような時代ではなかった。小説家の描く時代とも違った。彼はその時代について書こうと思った。