I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

愚にもつかない随筆のようなもの

それが何の役に立つのって言葉は、私はそれに興味がないの言い換えなのかもしれない。

自分と相手が同じだと思いがちだから、興味がないっていうのはそれなりに凹むんだけど、興味あるふりすんのも疲れるだろうし、おれも興味あるふりに付き合うのは結構大変だ。

 

いろいろな掴みどころのなさっていうのをずっと感じてきて、メタレベルでは正しそうなところはわかるとか、そういう感じがずっとあるんだけど、すっと芯が通った考え方に魅力を感じる。

小説は断定する。その世界は作者の創造したものだから、一貫性がある。それが心地良いのだと思う。

 

なんとなく頭が痛い。カフェイン飲み過ぎたせいかなあ。

眠気のせいかもしれない。昼に起きる生活。

贅沢に生きたいと思った。そのためにはあんまり人とかかわり過ぎないことが重要だと思っていたが多分違っていて、明確な目標が存在する場合はむしろ心地良い。それから会いたいと思っていた人と会う時はとても貴重だ。楽しいと思うこと、心地良いと思うことに思う存分浸かりたい。

 

実用一辺倒なことばかりやっているとそれなりに無理が来るのだと思う。

言葉に限界があったとしても、なるべく正確な言葉で語りたいと思ったが、それでは現実と乖離する一方だ。いやほんとに、だからちゃんと耳を塞ぐことを覚えるようにしよう。

 

訳分かんない空想はゆっくりといろんなものが浮かんでくるし付け足されてくるが、がーってつくりだそうという気にはあまりなれないんだ。

 

 

 

プログラミング周りはあたらしいことばっかりだし、図書館で技術書を借りてこようそうしよう。技術書って結局プログラミングしながらじゃないと覚えらんないのかな、読書って形で理解できるものがあればそれがあるといいとおもうんだけど、少し探してみたほうがいいかもしれないな。

 

人のブログをみてるとだいたい。この人みたいな文章は書けそうにないなって思う。オリジナリティとかじゃなくて、なんか自分が自分であることに慣れてしまったんだと思う。よくわかんなくなったり正しい文章を追い求めたりしたくもなるんだけど。まあ少なくとも正確でなきゃいけないことはあるんだろうけど。

 

医療系の情報って大概怪しいのが上位に来るのはなんでなんだろうな。その辺は案外良い着眼点なのかもしれない。まあ正確な情報って、どうにも歯切れの悪いものなんだけど。

 

誰かみたいになりたいなあって思うことがなくなったのは、いいことなんだろうな。なんでphaさんに憧れてたのかって言うと多分そんなふうに生きたいっていうのがあってでもそん時は他にもこんなふうに生きたいなって人がいて、そういう状況はあんまり健全じゃないっていうか。

 

なんだか連続ツイートみたいな感じになってきたな。それが悪いわけじゃなくて、眠たい頭で思いつくことをずっと書いてたらそうなるわけなんだけど。そういえば年取った頭ってのはわりと支離滅裂に記憶が飛び出してくるらしい。

それを楽しめるなら幸せで、それは贅沢ってことだ。

 

正気と狂気も程度問題に過ぎないわけだし、そっからどれくらい離れてるのか、なんて気にするのもねえ、別に反抗的であろうとするつもりは全然ないんだけど、ああそういえば、カルト宗教にとって一番危険なのは好奇心をもって近づいてくる人間だっけ、でもそれはカルトだけじゃないよな、いろんなものは好奇心で壊れちまいかねない弱みを抱えてんだと思うよ、なんとなく、それで好奇心は修理する役に立ったり、壊す役に立ったりする。

 

syrup16g聞いてるんだけど、なんかいいよなあ。昔からずっと好きだ。別に憂鬱とかそういうのにあんまり縁はないんだけど、妙に惹かれるものがあってさあ。躁状態っぽいとこが好みなのかもしれない。

 

めんどくせえ違和感みたいなのが未だに存在することに気づく。それをちょっとずつ潰してきたつもりだけど、まだどこかに残ってる、早く捨てちまいたいな。

 

描写ってのはなんとも難しい。植物も動物も家具も僕はあんまり興味がなくて、だからかもしんない。自分の身の回りの様々なものの名前をあんまり意識したことがないからかもしれない。でもさ、興味がないってわけじゃないんだろうな、子供の頃は図鑑とか結構好きだったしさ。でもこの年になってあんまりそういうものを眺めることってないよな。ネットにある情報ってやっぱ膨大だし、わかりやすいんだけどさ、網羅性があんまりないっていうか、wikipedia眺めて得た知識っていつまでも断片的なんだよな。

 

感激も感動も基本的には、一人ぼっちなものなんだと思う。理解できんのは文脈共有してる場合だけなんだろうな。でもそのために文脈共有する過程がめんどくさいんだよなあ。それにどっかそれが作られたものだって思ってしまったりする。

 

こんなふうに何の脈絡もない文章を作ることができるのはツイッターのおかげだよなあ、罪っていうのかもしれないけどさ、思考の流れってこんなものじゃんさ、論理とか一貫性とか統一性とかあったりなかったりするもんで、ぐっちゃぐっちゃしてるものだよね。

 

そろそろ眠くなってきたなあ、おやすみしようか