読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

I'm only sleeping

日記 雑記 思いつき ついったー https://twitter.com/1dgwa

ロシア文学講義 ウラジーミル・ナボコフ 前半

 

ロシアの作家 検閲官 読者

ロシア文学の黄金時代が、十九世紀半ばから1910年頃に限られる理由は、それ以前には皇帝による独裁があって、検閲官がおり、新しい考え方が入ってこなかった。19世紀半ばごろから、皇帝の権力は弱まり、検閲官は依然として存在したものの、その検閲をかいくぐりながら文章を発表することが可能になった。そして、多様な考え方がこの時期にどっとロシアに流れ込んだのだ。そしてそれ以降ロシア文学が低調になったのは、ソビエト連邦が生まれ、共産党の独裁によって、新たな検閲がはじまったからだ。今度の検閲は、それ以前の検閲とは異なっている。それ以前の検閲は、何を書いてはいけないかを教えたが、共産党は何を書くべきかを命令したのだ。それによってロシア文学は完全に死に絶えてしまった。何しろ、あらすじも主題も政府によって決められてしまい、そこから外れることは許されないのだから。

 

 

ニコライ・ゴーゴリ

ロシアの真の姿を探るとか、キリスト教的な道徳とか、そういうことを書こうとしたゴーゴリはその企てに失敗し死せる魂の第二部を焼き捨てることになった。彼の本領は彼が描くグロテスクな登場人物たちが自由に蠕くところであり、死せる魂の第一部や、外套ではそれが見事に描かれている。

もしゴーゴリを読もうと思ったら(それは報われる企てではないとはおもうけど)ロシア語の発音をはじめ、そして人称変化をやり・・・そういう地道な道程が必要になる。

 

紹介された作品

死せる魂

外套

 

イワン・ツルゲーネフ

ツルゲーネフは当時の大部分の作家たちと同じく、あまりにも明快であって、何かを読者の直観にゆだねるということをしない。何かを暗示したとしても、その暗示の中身を次にながながと説明してしまう。苦労の跡が見える長編のエピローグや、中編小説などは、痛々しいほど人工的である。作中人物たちのそれぞれの運命について読者の好奇心を満足させるべく作者は全力をつくすが、その方法は芸術的と言うには程遠いものである。

要するに、気持ちのよい作家ではあっても、この人は決して偉大な作家ではなかった」

 

そして、ツルゲーネフの最良の点は風景や人物の描写に現れる、と著者は言う。

 

 父と子はツルゲーネフ最良の長編で、十九世紀の最も輝かしい小説の一つだ。これを元に紹介するんだけど、実際に読んだほうがいい気がする。実際、あらすじをかいつまんで説明しながら注目するべき文章を紹介するってやり方になっているから。

ツルゲーネフはすごく親切な作家で、ある場面から他の場面への移行は僕達が親しんだやり方で、人物は類型的だ(でもそこから飛び出していくところは見所である)でもそれが彼の芸術性を幾分か損なっている、ということらしい。

 

紹介された作品

父と子